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KAZUYA氏「信じられないこというな」は青山繁晴参議院議員向け?

twitterを見ていたら、何やらきな臭いやり取りがあって気になりました。

 

あるYoutuberが、青山繁晴参議院議員に対してと思われるコメントで「信じられないことを言うな」と主張しているのです。

「信じられないことを言うと、その他、全ての発言が信じられなくなる」という主旨です。

 

意味がよく分らなかったが、要はここでの「信じられないこと」は「嘘」という意味に近いと思われます。

そもそも信じられないことを言うことは全然問題ありません。

 

人類の最初の知識や発見、第一報は往々にして「信じられないこと」であったわけです。

「信じられないことを言うな」では、知恵が共有されないし、そもそも信じられるかどうかは、各人の見識、体験、性格などによってさまざまで区切りがありません。

 

「新宿駅前で先着1000人に1兆円ずつ配ってたよ」これは誰でも嘘と分ります。

 

「抗生物質が効かないウィルスが最近増えているよ」これは事実ですが、人によっては「信じられないこと」かも知れません。

 

「血反吐を吐きながら、この記事を書き上げました」これは、証拠がないと真偽が分りかねますが、問題は本当に「血反吐が出たのか」ではなく、その言葉に込められた意図や気持ちです。

 

普通、「本当に血反吐が出たのか?その時、タクシーに乗ってたそうです。タクシーの中で血反吐が出たら、即病院ですよね」

なんて小学生のように言葉の端っこを掴んで振り回しません。

 

「本当に、血も涙もない男だ」もちろん、比喩ですよね。これに対して「本当に、と強調していますが、専門家の検査で確認したのでしょうか」などと揚げ足は取りません。

 

大事なのは「発言の内容が真実かどうか」、あるいは「少なくとも本人がそう思っているか」です。

ましてや「信じられないこと」かどうかではありません。

 

言葉の表現は、文学者や創作家、あるいは独特の感覚の持ち主と知っていたら、その分は調整しつつ聞く人が多いでしょう。

 

もちろん、意見が違うところ、考え方や、感じ方が違うところは、全然違う、相容れないと感想を持つのは自由ですよね。

 

ともかく「青山議員はこう言ってた」というだけです。一人の意見です。

その発言内容が、法令や道徳に違反していたり、明らかに事実誤認、虚偽である場合はさておき、「本当に表現に使った言葉通りなのか?」は些末な事とも言えるでしょう。

 

おそらく、ここまで真剣に発言に向き合っているKAZUYA氏は、言葉そのまま真剣に青山議員に向き合って、大きな期待を持っているからこその気持ちをこうした発言で表出されたのだと思います。

 

日本を背負って立つ言論人、議員の皆さまには本当に感謝です。

 

writer: ジジイ

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